とりあえずミルクを飲ませるしかないということはわかったが、どのくらい飲ませればいいのか、これからどう世話をすればいいのか、うんちやおしっこの世話は?多少の知識はあっても経験もなく途方に暮れた。ボクの妻は息子の育児経験はあっても、こんな小さな子猫の育児経験などなかった。
考えていても仕方がないので、ミルクをあげて仮眠を取って朝一番に近所の動物病院に相談するしかなかった。
動物病院の先生の第一声は、
「拾ってしまいましたね」
だった。
先生の言葉は重かった。
それまで、何故こんな小さい猫を捨てるんだろう、どうしてこんな風に命が失われるんだろう、母猫はどこにいったのだろう、とばかり考えていたボクの甘さを一言で諭された気がした。
次の瞬間にボクにのしかかってきたのは、この小さな命に対する責任だった。
息子のへその緒を切って産湯に使わせた後に感じた記憶があるものすごいプレッシャーを感じた。
しかし、先生からの指示は、想像以上に簡単だった。
飲めるだけミルクを飲ませなさい
毎日体重を量りなさい
体温が下がらないよう温めなさい
生後数日のこんなに小さい子猫には投薬もできないし、できる事は何もないそうだ。
そして先生は続けた。
「体重が増えなければ、この子たちの命は長くないと思ってください」 自然淘汰という神様のルールを破ってしまったこと、その責任が自分にあることを思い知った。
なぜ、捨てられている子猫の鳴き声を聞いても誰も助けなかったのか、もっと考えるべきだった。
自然淘汰というルールの代わりに自分がこの子たちを殺すことになってしまうことに今さら気が付いた。
ボクも妻も仕事をしている。ミルクを飲ませ続け、温め続けることがどんなに難しいか考えてもみなかった。ボクと妻は、2交代で授乳と軽量を繰り返した。朝家を出るときは不安でいっぱいだった。子猫たちの段ボール箱を閉めるときは「これが最期かも知れない」と思うこともあった。帰宅して箱を開けるのが怖い時もあった。
この子たちは、例え離乳期まで育ってもうちで飼える自信はなかった。いちごに加えて全部で4匹ものネコを家飼いするほど家も広くない。餌代もかかるし、猫トイレは1つじゃ足りないかも知れない。
だから、里子に出す可能性もあった。そう考えると名前が付けられなかった。
病院のカルテも「白が多い二毛」「白に茶色の点」「トラ」というように見た目で書かれていた。
一番大きかったトラは、出目金のように目が腫れて見えないようだった。
白っぽいのは、小さくては元気がなかった。
茶点は、一番小さくてミルクもあまり飲まず、ほとんど動かなかった。
みんな100グラムちょっと、体重はなかなか増えなかった。
今だったら「イクメン」というのだろうか、とにかく授乳、授乳の日々が続いた。
しかし、体重は思うように増えず、増えたと思ったら減ることもあった。
そんな時、先生の言葉が甦ってくる。
「体重が増えなければ、この子たちの命は長くないと思ってください」 半べそで「死なないで、死なないで」と祈りながら、授乳と計量をする日々が続いた。
ボクは神様とチコに祈った。
「どうか、この子たちを助けてください…」
2週間ぐらいだったろうか、子ねこたちの体重は少しづつ増え始めた。